現実には難しい、抗癌剤の「やめどき」

2011年02月11日(金)

連日のように、癌の終末期と思われる患者さんが、在宅医療として紹介される。
もう、ほとんど食べれない、一人で歩けないのに、外来抗がん剤治療を続けている。
現実には難しい、抗癌剤の「やめどき」を痛感する。明日の吹田市でもこれを話そうか。

患者さんに聞いてみた。
「いつまで抗癌剤治療を続けますか?」
すると、「効くのなら、まだまだ続けたい・・・」と。

この、「効くのなら」という言葉は医者にとても重い。
誰でもそう思うだろう。
本当に抗癌剤があったから、こここまで来れたのだろうか?

しかし、頭の髪は抜け落ち、顔や体は落ちくぼんでいる。
死がすぐそこに近ずいていることに、まだ気が付いていない。
いや、気が付きたくないのか?

帰りがけに、玄関先でご家族にそっと囁いた。
「もうそう長くないと思いますが・・・」
ご家族に睨まれるが、こうした憎まれ薬も在宅医の役割だ。

ここからすべての「物語」が始まる!
次の、外来抗癌剤治療はどうするのか。
決めるのは、あくまで本人とご家族だ。

でも誰かに止めて欲しい、と心の中で望んでおられるように感じる時がある。
まるで、ノックアウト寸前のボクサーに、タオルが投げ入れられるかのように・・・
そのタオルを投げる行為が、一番難しいし、勇気が要る。

抗癌剤治療で、本当のところ、寿命がどれだけ伸びるのか?
7年延びた人もいれば、逆に、縮まったひともいるので一概に言えない。
7年という数字は、イレッサ(分子標的治療薬)が、大当たりしたひとの話。

かと言って、近藤誠先生のように、抗癌剤を全面否定する気は毛頭ない。
あのような行為は好きではない。
肯定するのも難しいが、否定するにも難しい。

稀に効く場合がある。
これは事実。
やってみなければわからない。

「一度はトライする価値がある」
「効けばいいし、効かなければ他の薬を考える」
「それも効かなければ、諦めるという選択肢もある」

仮に、抗癌剤の延命効果を、半年としてみよようか。
その半年のために、多大な犠牲を払うので、差し引きをどう評価するのか?
抗癌剤治療で、癌が治るわけでは決してない。

治らないと分かっていても、「効く」かもしれないという期待が膨らむ、抗癌剤。
在宅ホスピスケアと抗癌剤治療は、切っても切れない関係だ。
最期まで、抗癌剤治療を続けるひとも沢山いる。

亡くなったあとの舌の上に、TSー1が見事に「立って」いた。
いや、もう亡くなっているのに、抗癌剤がポタポタ点滴されているひともいた。
主治医は、抗癌剤を「死ぬまで続けなければいけない」と言い聞かせていた。

ここまでくれば、もう、宗教レベル。
信仰にまで介入することは、実に難しい。

5月21日(土)の尼崎生と死を考える市民フォーラムのテーマは、
「抗癌剤治療をいつまで続けるか?」にしよう。
抗癌剤の専門家を講師に招いて、私と本音トークをしてみよう。

2つのランキングに参加しています。両方クリックお願い致します。

お一人、一日一票有効です。

人気ブログランキングへ ← 応援クリックお願い致します!

(ブログランキング)

にほんブログ村 病気ブログ 医者・医師へ ← こちらもぜひ応援クリックお願い致します!

(日本ブログ村)

この記事へのコメント

はじめまして。昨年、父親を癌で看取りました。
享年78、大腸癌の腹膜播種でした。
糖尿病のコントロールが相当悪い状態でしたので抗癌剤は一切使わず、というより、使えませんでした。
"天寿癌"として胃ろうも断り、緩和ケアのみを希望して入院したのですが、驚いたことに当人は最後まで痛みらしい痛みを訴えませんでした。
通常の点滴と、亡くなる直前の数日だけ酸素吸入を行いましたが、それも目を離すと時々自分で抜いてしまっておりました。
私ども家族は、いつ酷く苦しみ出すのかと案じていましたが、毎日のように車椅子で散歩を楽しみ、覚悟していた事態はついに発生しないまま、父は安らかに息を引き取りました。

我が家は癌家系ゆえに、最後まで果敢に抗癌剤や放射線で癌と戦った親戚も数名います。
辛く苦しい闘病話を繰り返し聞かされ続けてきましたが、父のケースを間近で見て、癌という病気へのイメージは私の中でがらりと変わりました。
そして癌治療に対する考え方も大きく変化しました。
厄介だと思っていた糖尿病ですが、あれこそが神様からのプレゼントだったのだと今は思っています。

Posted by かとう at 2011年02月11日 03:07 | 返信

抗がん剤は、例えば自分の父のように胃癌摘出後(ステージⅢa、T3N1)の「補助化学療法」として使用するにはイイと思います(薬はTS1でした)。術後1年間服用で体重が30kg減りましたが、、
8年半たった今でもちょっとフラフラしながらも再発もなく生活しております。

我が家は末期がんなら在宅緩和ケアが希望です。モルヒネをドバドバ使ってでも痛みだけは取り除いてほしいです。もう、お金の問題じゃないて思うようになりました。
 最近の基幹病院は「成果主義」のため手術とICUまでの儲かるところまでで、赤字の一般病棟に移ったら「抜糸後はさっさと出て行け!」って感じです。
 「3週間以内に意地でも退院させる」制度の見直しが全国民の希望だとおもいます。
交通事故は健康保険を使わないから半年以上も入院させているくせに、、、(愚痴?)
 

Posted by kawasaki at 2011年02月11日 05:38 | 返信

信仰(抗癌剤)への期待が利益(効能)を基準にしている以上、溺れる人(患者)にとってはたとえそれが危ういものでも一筋のわらになるのかもしれませんね。
抗癌剤(宗教)に流れる哲学(私には分からない成分、効能etc・・)が理解され、それを基準にすることが出来、抗癌剤の限界があるのならその限界を知り、それに代わる安心がない限り私だったらやめる事は出来ないと思います。

溺れる人を目の前にするお仕事、まさに「天」職ですね・・・。

Posted by ママ at 2011年02月11日 07:08 | 返信

抗がん剤の使い方は難しい。
多くのがん患者と接していて、それをつくづく感じています。
私は、基本的にステージ3までの患者で初発のがんなら、抗がん剤を試して
みても良いのではと思っています。ステージⅣでも体力があれば使えるかも
知れません。
しかし、原則的に(よほど体力のある、比較的若い方を除き)再発患者には
使うべきではないでしょう。
多くの再発患者が、抗がん剤で命を短くしたのを間近に見ているからです。
いつまでも抗がん剤に頼る生き方は考え直すべきだと思っています。
抗がん剤を使い続けた人の最期は、使わなかった患者よりも厳しくなるようです。
高齢で再発をした場合、抗がん剤などを使わずに、寿命を信じて、少しでも
社会貢献をするほどの気持ちの余裕を持って生きたいものです。
私なら、再発後は全く使いたくありません。

Posted by たけとんぼ at 2011年02月12日 10:44 | 返信

>>たけとんぼ様
に、まったく同感です。

Posted by kawasaki at 2011年02月12日 02:03 | 返信

勉強になります。
誰でも少しでも可能性があるなら、それにかけたいと思うのは普通ですが、
その「駄目だった場合」が非常に厳しい場合、提案する側も、される側もとても悩みますよね。
私が以前記事に書いた患者さんは、進行を食い止め、QOLを維持すると言う点では、
抗がん剤の役割はあったと思っています(と信じています)。
しかしはやり、どんな時でも「やめ時」は難しい選択になりますよね。

Posted by k1sh at 2011年02月13日 12:22 | 返信

初めてブログにお邪魔して読ませていただきました。
私膵臓がんの手術直後の腹膜転移ありました。手術も膵頭十二指腸切除のほか門脈も大腸も切りました。
腹水、胸水もたくさんありましたが抗がん剤がよく効きました。腹水、胸水ともに消失して2年になります。
手術後3年になるので抗がん剤を中断しましょうかと主治医に言われ、とても悩んでいます。
やめるとまた再発すると思ってしまいます。

このまま治療を続けて再発があればその時は抗がん剤をやめようとは思いますが・・・・

およぴからk1shへの返信 at 2011年05月30日 11:07 | 返信

コメントする

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:


  • apital 町医者だから言いたい!
  • 長尾クリニック
  • Dr.和と一緒に仕事をしませんか?
  • 長尾クリニックメールマガジン まだまだ知らないDr.和情報がてんこもり!
  • にほんブログ村 病気ブログ 医療・医者へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 医療情報へ
  • にほんブログ村 介護ブログへ
  • ブログランキング・にほんブログ村へ